2015年1月22日木曜日

ごめんなさいの真意

ごめんなさい

と長男はよく言います。たぶん、他の3歳の子どもたちよりも、よく、ごめんなさいという方だと思います。してはいけない事の区別はついている様子ですが、でも、なんとなくこれでいいのかな?という気持ちになることがありました。言うことでその場は落ち着くけど、現状のやな雰囲気を回避してるだけのような気がしたのです。

先日、ご飯をこぼした時、瞬時に「ごめんなさい」という長男に「なんで、ごめんなさいって言ったの?」と聞くと「ごめんなさいっていうとお母さんが喜ぶから」と言いました。

やっぱりね…

ごめんなさいは、いけない事した時に謝る言葉なんだよ。

じゃあ、ご飯こぼした事は、本当にいけないことなのかな?と考えてみると、私の仕事が増えるからという理由と食べ物を大切にするという理由の2つがみつかりました。私が怒るのは、ほとんどの場合前者の方で、子どもは大人の気持ちを読むことに長けていますから、きっと真意を察知して謝っていたのでしょう。

掘り下げて考えてみると、いけない事は人や自分を傷つけること以外にあまりないのかもしれません。大人の都合で、良い悪いがきまっていることがほとんどですが、相手の顔色をうかがとか、相手の嫌なことはしないということも子どもは覚えていく必要がありまし、そんな謝りも人間関係で大切なことです。

ただ、本人の良心が、これは悪いことをしたなとか、申し訳ないことしたなと感じるには、ごめんなさいですませてしまっては、心は成長していかないように思いました。

いい悪いではなくて、起きたことについて考える時間があったり、話し合ったりする時間を持つことができたらいいですよね。子どもが心の中のモヤモヤと向き合う時間をちょっと待つことができるように、またまた今日から仕切り直しです。

写真は、ニューブロックで作ったサボさん、パパ作。

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